伝わるもの

 本当に心から私は安堵していた。
 毎年受ける健康診断でいつも要検査となるため、かかりつけのドクターから、経過観察と言われて半年ごとに毎年受診を続けてきた。ここで、何年、経過観察を続けてきただろうか。
 その医院には多くの人が訪れているため、毎回予約をしても予定時間には始まらなくなり、何時しかドクターも向き合っている人が誰なのか、(もしかして判ってる?)と私は悲しく思ってしまう様になっていた。その医院は多くの人から信頼され、頼りにされているから、今の状態になっているのだろう。でも、少なくとも私は悲しかった。
 その思いのまま、今回の予約をする気にはなれず、以前より他院で紹介された事もある別のクリニックに予約を入れてみた。もちろん、行った事も無ければその先生にお会いしたこともない。HPでどんな先生なのか、何をされている方なのかだけをチェックして、そのクリニックに向かった。

 予診の先生に、今までの経過を話した後、画像撮影をして、最後に当クリニックの先生に呼ばれた。
先生:「今まで、その医院でずっと経過観察してきたんだね。どれくらい観察してきたの?」
私 :「最初に要検査と言われてからずっとですかね。何年かに1度は総合病院を紹介され、そちらでも精密検査をして来ました。」
先生:「状態は、それほど変わらないんだよね?」
私 :「異常があった?と自分が感じた時はすぐに診察を受けましたが、特に異常は指摘されませんでした。」
先生:「大丈夫。これは、異常をきたすものではありません。」
先生は、きっぱりと、強くて、低い声で私の目をまっすぐに見て、そう言ってくれた。
私は信じられない思いで、再度
私 :「良かったです。では、また半年ごとに予約をすればいいのですか?」
先生:「これは、悪性のものではありません。(画像を私に実際に見せ、詳細に説明しながら)こういう物は、悪性に変化しません。来年はもともと検査の年齢だね。1年後、検査をもう一度しましょう。でも、それまでに何かあったら、いつでもきて。」
 私は(いままで、何だったんだ?)という想いと、溢れる安堵感から、思わず先生に
私 :「本当に安心しました。最初に悪性にいつ変化するかは判らないから、と言われ、ずっとこの不安な思いを何年も抱え続けてきました。」
と、初めて会ったこの先生に、不安だった気持ちを身振り手振りと大きな声で打ち明けていた。自分もびっくりするぐらい大きな不安を抱え続けていたんだ、と声に出してみて初めて気が付いた。

 この先生が持つ、多くの患者を診続けてきた経験や知識から、「大丈夫だ」とはっきり言えるのかもしれない。でも、私は結構疑い深い。言葉で詳細に説明されて、理解が出来て納得はしても「安心」を得られない事は多い。だが、私のこの本当に心からの安堵はどこからきているのだろう、と思っていた。
 思い至るのは、先生のまっすぐな目だ。私の不安だった気持ちに先生自身が「体も気持ちも向けて」聴いてくれた事。強くて、低い声が更に、私を安心感で満たしたのだろう。

 私たちは人と向かい合い、色々な事を相互に伝え合う。自分が言いたい事を考え、準備して十分に伝えようと言葉を尽くせば、ある程度その内容は伝わるかもしれない。でも、受け取る側は、つまるところ、聞きたい事、聞ける事しか受け取らず、実は、言葉で伝える以外の事も十分に受け取っている。いや、受け取られているのだ。

 「伝わる」を通して、あなたが目の前の人に、敢えて伝えたい事は何ですか?

2023/8/23