あなたに聴いてもらいたくて

 これは、有るクライアントの方に言われた言葉だ。
 その方は、ある会社の支店のトップの方。多くの部下を抱え、拠点も複数にあり、日々本当に忙しくされている。私は、この方に2週間に一度、お話を聴かせていただく機会がある。
 先日、この方が「僕ね、このセッションが始まる前に、あなたに聴いてもらいたい事をメモしてるんだよね」と言ってくださった。それを聞いて、少し驚くと同時に、その方にとって私は「聴いてくれている」と感じていただける様になった事に正直、ほっとしていた。
 コーチとして仕事をする上で、*「傾聴」:耳を傾け一心に聴く事、熱心に聴く事(出典:精選版日本国語大辞典より、「きく」は敢えて「聴く」と表示します)とは最も大切で難しい技法でもある。
 その方が何を話そうとしているのか?と言った内容のみを聞くだけでも、簡単なようで自分の頭の中では、(だいたいこんな事だろう)とか(それはどうかな?)など、思い込みや自分の判断を前提に、話を聞いてしまっている事が多い。

 特に画面のない音声のみ(例:電話)の場合には、「一心に聴く」ためには、内容もさることながら、その声色やテンポ、トーンなどに神経を集中しなければならない。その間にも、いろんな雑念は浮かびつつ、それを払いのけ、払いのけ、聴く事に集中するようにしている。
 今回ハッとしたのはそれが、「あなたに話したくて」ではないのだ。
 コミュニケーションと言えば、とかく’結論を先に’とか’要点は3つ位にまとめておく’等、「話す」事に注意が向きがちだが、実は「聴く」「聴かれる」事は、もっと大事だ。実感するのは、私たちの話は実は聴かれていない。上記の私の様に、相手の話を聞いている様で頭の中には、自分が次は何を言おうか、どう反応しようかという「自分の考え」が渦巻いているからだ。そんな相手(実は聴いていない)を前にして、誰もが自分の事を判ってもらいたくて、もっともっとと、「話して」しまうのだろう。それ故に、本当の意味での相互理解は深められていないのだ。

 私の想像では、この方は多くの幹部、メンバーの方に日々指示をし、報告を受け、対話をされているのだろう。さらに、業務以外の場面でもこの方々とコミュニケーションを積極的に、活発にされている方だ。その方が、どんな心持ちで、私とのセッションに向き合ってくださっているのだろう、と想像している。
 「あなたに聴いてもらいたくて」と、わざわざ伝えて頂いたあの方に、私は全身全霊の「聴く」状態で今度も向き合えるだろうか。もう一度、そう感じてくださるのを願いながら。

 あなたが目の前の方の話を「聴く」、そこに何がみえていますか?  
 

2023/12/5