自然と話し出す

 母親が、最近自分が見聞きしたニュースの事や、近所の方々の付き合いの中で考えた事や気付いた事を、さっきから色々と私に話している。
 その話を聴きながら、(こんなに自分の意見や想いを話す人だっただろうか?)と、気が付いた。また、今まであれば、近所の方々の話だけでなく昨今の政治の情勢を話す時も、どちらかというと批判的だったり、ネガティブな捉え方が多かったように感じていた。
 それを直接、彼女に訊いてみた。
 私:「以前より、私に自分から話をしたり、自分自身の意見を言ったりするようになったと思うけど、どうして?」
 母:「あなたが変わったからよ」
 イソップ寓話「北風と太陽」を思い出した。
北風と太陽の力自慢で、旅人のコートを脱がせた方が勝ちという話だ。北風は、力任せに吹くものの、旅人はコートが飛ばない様にと、更に抑えてしまう。次に太陽は、燦燦と光を降り注ぎ暑くなった旅人は、すっかりコートを脱いでしまう。(参照:童話「北風と太陽」のあらすじと結末を全編解説 | 小説あらすじ&ネタバレ情報局 (ara-suji.com))何事も力づくでは動かない、という示唆。
 成人した私は、いつしか母親に対して指示・命令をするようになっていた。日常に起きる事や、人との関係性について、自分の経験や正しいと信じる価値観に従って、ああして!、こうすべき!と口うるさく言っていたのだ。何時しか成長し自分よりも口達者になった娘に、母も言い返すことは無かったが、私の指示した通りにも動かず、無言の抵抗を示す事もあった。それが、さらに私を苛立たせた。

 しかし、有る時改めて母との関係性を考える事があった。一番身近で大切な人にも関わらず、恐ろしく卑劣な言動で支配しようとしている自分に、呆然としたのだ。その気づきが一番大きかったように思う。

 当然、私よりも長い人生を生き、経験も積み重ねている親だ。その時々に悩み、考え、前進して今があるという事に対して尊敬もせず、自分がこの家をコントロールしなくては、と「支配」という方法をとっていたのだ。しかし、親でなくとも人には当然、それぞれ考えが有り、想いがある。それを表現し、自分らしく生きる。それを支援するコーチになる、と決めた自分だったのにだ。
 自分の想いや考えを話していいのだ、と安心した時に初めて人は話し出す。そして、最初は表面的だった話も、やがて心の奥底に秘めていた大切な想いに至る。その時の表情は、晴れ晴れとしてエネルギーに満ちている。それが、自分らしく生きる、ということのスタート地点だろう。その場を私は提供できているだろうか。

 自然と話したくなる相手、あなたにとってそれはどんな人ですか?

2023/12/12