想いあう時間

 そうだったんだぁ。
 一つの仕事を長く続けてきた彼女が、思う所があってその大好きだった仕事を辞めた。その彼女の慰労の為に、「今したい事、行きたいところに行こう!」と誘いだし、ある動物園に行った。
 彼女がその仕事をしていた時は、引率している子供たちがけがをしたり、迷子にならない様に全神経をその事に集中させていたために、その動物園に何が居たのか、どんな展示がしてあったのかをまるで覚えていなかったらしい。今回二人で見て回る度に、「こんなところだったんだぁ~!」「えぇ~!!全然気が付かなかった~!!」と、彼女は何度も、何度も言っていた。当時の彼女の必死さが目に見える様だった。

 彼女と私は中学・高校時代の同級生。4つ違いのお姉さんがいる彼女から、ちょっと大人びた音楽を教えてもらったり、彼女の家でたわいのない話をして過ごしたりと、多感な時代を共有している。
 そんな彼女と一緒に遠出をするのは、学校行事以外で実は初めてだった。その道中、私が運転する車の助手席で、まるで今でもその仕事をしているかの様に、「うち(以前の所属先)はさぁ~、○○で~なんだよ」等、間髪入れずにものすごい勢いで彼女はしゃべり続けていた。おしゃべりな私が相槌も挟めない程だ。途中の休憩中の駐車場で、私は呆気にとられたまま運転席に座っていた。
 動物園に着くと、予約したセグウェィ(参考:セグウェイ販売代理店 | Segway Japan, Ltd. (segway-japan.net)という乗り物で、動物を見て回った。私は本当にそれが楽しくて、楽しくて存分に楽しんだ。(動物を見る、と言う事より乗る事自体が楽しかった!)

 その帰り道。
 この日の予定は全て私が計画したので、彼女が戻らねばならない時間ばかりが気になり、「動物園でまったりとした時間を過ごす」、という彼女の当初の目的を完全に見失っていた事に気が付いた。
 私 :こめん!動物とふれあう事が全然できなかったねぇ。
 彼女:大丈夫。一応、一通り動物は見たし、セグウェィにも乗れたしね。
 私 :ところで、車に酔ってない?
 彼女:大丈夫。喋っているか、口に飴かガムを入れておけば大丈夫だから。

 そうだったのか。
 車酔いの酷い彼女は、人の運転する車に乗ると酔ってしまう。それなのに、合理性だけを考慮したため、今日の移動は全行程が私の車。彼女は、道中酔って私に迷惑を掛けられないと、必死になってしゃべり続けていたのかもしれない。私は、その事に全く気づかず、(それにしても、よく喋るな)と唖然としていたのだ。

 お互いの家に着いたころ、彼女から丁寧なお礼のメールが来た。
 その中でも彼女は、私自身が今日は楽しめたのか?動物園で本当に良かったのか?と尋ねてきた。そもそも彼女の慰労の為に、今日は計画したもの。まったりと動物を楽しむ時間にしてあげられなかった事を詫び、私自身はセグウェィが欲しくなる程に楽しかった!と返信をすると、「あなたが楽しんでくれたのだったら、動物園にしてよかった!」と返してきた。

 お互いが、お互いを想いあう時間。あたたかな気持ちがじんわりと残る、いい時間になった。
 
 あなたをあたためるもの・ことは、どんなものですか? 例:中島みゆき「糸」

2024/6/14