想いを繋ぐ

 新プロジェクトX「祈りの塔 1300年の時を繋ぐ~国宝薬師寺東塔 全解体修理~」を見た。
 歴史に詳しいという訳ではなく、古来からの建物は荘厳で美しいと思っている私は、信仰の対象としてのみならず、美しい造形物を見る為に寺院に行く事がある。その美しい造形物を作る、補修する、再興する宮大工という職業に憧れている。
 薬師寺は戦国時代に焼失しており、金堂、西塔、大講堂は昭和以降に再建されたもので、創建当時の姿を残す物は東塔だけだったそうだ。それだけに、1300年の風雪を耐えてきた東塔は傷みもひどく、特に心柱(五重塔等多重塔で使われる、塔の中央部に立つ柱の事)は根元から約3mほどがシロアリにより侵蝕されていた。
 この東塔は一流の職人たちにより、2012年から全解体された後、補修・補強が行われて2019年9月に修理が完了、2023年に落慶法要が行われた。
 解体修理の中で、宮大工の石井浩司さんは、長らく教えを乞うてきた宮大工の西岡常一さんの仰った「創建当時の工人の心になって仕事をしなさい」という言葉の意味を、探し求めていたそうだ。既に東塔の修理までに、多くの経験を積み「技術」を磨き続けてきたが、「創建当時の工人の心」が掴めずにいた。今の自分達が仕事をする際は、ミスの無い様に、削り過ぎない様にと木材に少しづつノミの刃を入れる。それに対して、当時の工人の刃跡には、何の心の迷いもなく一振りに切り落とされていた。そこには「自分の仕事を誰に見られても恥ずかしくない様にや、自分の腕を良く見せよう」などという様な職人としてのエゴは、何処を探しても、一切見られなかったそうだ。
 石井さんはその工人の心を、奥様の病気の発覚により悲しくも思い至る。この仕事が成功する事で奥様の病気が治って欲しい、この様な「一心の祈り」を創建当時の工人がみな一様に持ちながら、この仕事に臨んだのではないか。
 仏舎利(釈迦の遺骨)が納められる信仰の要、心柱の補修を任された奈良県文化財事務所(当時)の修理のスペシャリストである松本全孝さんも、その補修方法に悩み苦しんでいた。補修の多くの場合には、痛んだところをある程度切り落とし、新たな部材で根継ぎをして補強する。しかし、松本さんが学んできたのは、「どんな時も創建当時の当初材を切り落とすな」という先輩からの厳しい教え。故に、多くの人々の祈りが込められた古い部材を生かす技術を30年に渡り極めてきた。自身の技術の集大成の想いも込めて、新たな修繕方法を開発し、当初材を切り落とすことなく無事に心柱の修繕を終えた。
 
 信仰の対象となる寺社仏閣等のみならず、古くから多くの人を経て受け継がれているものには、多くの人の想いや願いが込められているのだと思う。しかし、その想いや願いは長い歳月の中で置き去られ、忘れられ、形だけが引き継がれているものもある。それが故に、継続を止めたり、廃棄処分したりして、ある時点で永遠に失われていく。
 薬師寺東塔の全解体修理では、単なる塔の修理にとどまらず、石井さんは「体を動かすのは気持ち、自分の身に替えてもこの塔を安穏の為にたてる」というエゴの無い工人の心を知り、松本さんは「自分は単なる通過点。バトンタッチの人間」と役割を全うした。この修理に携わった人々が、1300年前の工人の技のみならず、心まで引き継ぎ、更に1000年先の人々にバトンを渡す仕事を終えた姿を見て、本当に魅了された。
 文化財保護という観点からは、創建当時の姿を守り後世に残す事が求められているため、その保存に関わった人が脚光を浴びる事は少ないと思う。しかし、保存に関わる人々が、当時の人の想いに心を寄せ、保存の為にこんなにも情熱をかけて、その想いまでも引き継ぐ形に仕上げた。それが故に、私達が今も1000年を超えて存在するものを今、目にする事が出来る事に感銘を受けた。

 あなたが引き継いでいきたい想うものは、なんですか? 

2024/9/6