常に自分に正直で在りながら、’いい美容師‘を育て続ける

Muse'e
代表 村瀬 隆浩様 

ご経歴

 卒業後、通信教育で美容師の勉強しながら、岡崎市のサロンSERIO(当時㈱ヴォーグ)に就職。19年間、技術教育リーダーや店長を務めながら‘いい美容師’になるべく、技術を磨き続ける。
 経営者の代替わりを機に、37歳でMuse‘eを創業する。現在までに4店舗展開し、4/10に5店舗目Muse’s plume(ミュゼプリュム)を開店。
 ‘いい美容師を育てる’ために、スタッフを気に掛け、声を掛け続け、日々、自分とも対話を続けている。

  • Q.1.Muse’eを開業されるまでに至る経緯をお伺いします。
    A.村瀬 隆浩様(以下 村瀬様)
    :仮に40年働くとして、「頑張って」出来る事を選んだら、ずっと頑張り続けないといけないし、それは続かないなと考えていました。自分が長く楽しく働くには、怠けている状態と頑張っている状態の丁度、真ん中あたりの仕事を選ぼうと思いました。その時、昔からそんなに頑張らなくても体育と図工の成績が常に5段階の5だった事を思い出しました。その二つのうち、図工の才能を生かす職業と言えば、大工か美容師だと思い、人と接する仕事、美容的に目立つなら、と美容師を選びました。実際に、美容業界に入ってみて、ストレスやガッカリした事はなく、楽しかったですね。もともと、嫌な事があっても他人や会社のせいにしたりしない、楽しくするものも、つまらなくするのも自分、という性格だからかもしれませんね。
     その原点は、親の仕事の都合上、夏休み期間中は長野や東京の親戚宅に預けられていた事。わずか小学2年生の自分が1人で電車にのって、親戚宅に行っていました。行き帰りは一人でいるので、ずっと周りを観察していた訳です。周りにいる自分と同じ位やそれ以上の子供達は、親に全ての世話をしてもらったり、泣いたりわめいたりしているのです。それを見て、自分は強いんだなと自信が付いた事を思い出します。 
     ある時、親戚のおばさんに「淋しいのか?帰りたいのか?」と聞かれた事があり、その時に子供心ながら(心配をかけてはいけない)と、楽しい・元気な顔をしていようと心に決めたのです。更に、楽しい・元気な顔をするだけではなく、本当に楽しもうとその時に思ったのです。その経験から、人から楽しませてもらうのではなく、自分から楽しもう、あの頃の自分も出来たのだから、という考え方をする様に繋がっていったと思いますね。
     
     美容師になった頃から、経営者が偉い、凄いという考え方は好きではなく、お客様に多く支持されている人が‘いい美容師’という自分のポリシーがありました。そのため、独立願望はそれほどありませんでした。自分と同じような考えの人を増やせば、店として盛り上がると思っていたので、19年間、自分はその役割を果たそうと思って働いていました。ある時、創業者が世代交代で自分と年齢が近い方が社長になりました。その時に、(年齢の近い自分が居ると社長はやりにくいだろうな)と考え、遠慮して辞めました。しかし、当時既に37歳だったので、その年齢の美容師を他の経営者が使うのは難しいだろうな、と考えると独立しか手段が無かったのです。
     僕自身は選択肢が2つあったら、いずれを選んだとしても「良かった!」と思って生きていくタイプです。後悔をする考え方を持っていないので、結果、この独立も良かったと今は思っています。
     
     4/10に5店舗目が開業しましたが、そもそも店を増やして全国展開するぞ!という考え方は全くありません。‘いい美容師’を何人育てられたか、というのが自分のやりがいであり、成功の指標なのです。「’いい美容師‘=多くのお客様に支持される美容師」を増やそうと育てていたら、店が手狭になってきたので、店舗数が増えてきたというのが正しいかもしれません。
     新規出店も自分の判断では決めません。「みんなが成長してきて手狭になってきたけど、新しい場所はどうする?」と幹部の人達に必ず相談します。「出しましょう!」と言えば、場所を探したり、建物や内部のデザインは、僕が好きなので任せてもらいますが、店長は「出しましょう!」と言った人に任せています。
     そうやって育ててきた幹部の人達も40代近くになってきました。そもそも、僕の目的は’いい美容師‘、つまり人を育てる事です。幹部には次の段階として、経営を考える事も経験してもらいたいと思っています。その一つとして「借金をする」事は、従業員の立場ではなく経営者の立場で考える事に繋がると思い、4店舗目の店長には「借金を背負う」事から経験をしてもらっています。 
     
  • Q.2.お店を経営する上で大切にされている事は、どんなことでしょうか?
    A.村瀬様:経営は「コミュニケーション」だと思っています。お金のやりくりとか戦略とかではなく、スタッフとのコミュニケーションをとる事がすべてじゃないかと思っていますね。
     コミュニケーションをとる際は、①その人が楽しそうかどうか、②その人が未来はどうなっていたいのかを想像しながら、③その人が今、何がしたいのか、という3つを軸に、その人を見て話をします。きちんと時間を取って話をするというよりも、その人を気に掛けている、という事を大事にしていますね。
     20年間、若い人達を見続けてきて、コロコロと彼らの気持ちが変わっていく事に気が付き、常に気に掛けていないと、あっという間に落ち込んだり、やる気や目標を見失うなと思ったのです。それで、自分は幹部を対象として気に掛け、その幹部が自分のスタッフを気に掛ける、という仕組みをつくりました。
     
     幹部の人達とは定期的に集まって、「最近、こういう事が気になるんだけど、どう思う?」という様な声の掛け方をします。基本的に自分が演説して言い聞かせる、という事はしません。僕は自分と向き合っている時間が長いので、他人に対して何かを主張するというより、自分の好き・嫌い、得意・不得意に正直でいようと常に思っています。そもそも、店舗拡大を狙っていないので、苦手な事をやってくれる人が居なかったら、その分野はやらなければいいし、やってくれる人が居ればお願いして完全に任せています。 

  • Q.3.多くの仕事仲間やお客様と日々向き合っておられます。村瀬さんが「人と向き合う」時に、どんな事を大切にされているのでしょうか?
    A.村瀬様:向かいあっている人は将来どうなりたいんだろう、と言う事に自分は関心があって、(この人のここをこうすれば、将来こうなっているだろうな)という様に、ポジティブに想像しながら話をしています。美容師の仕事は、「お客さんが今よりももっと自信をもって街に出ていける様にしてあげる事だ」、と思っているので、スタッフに対しても同じように接しているという感じです。

     話をする時は、経営者としてではなく、一個人として常に対等に、例えば3年目のスタッフなら自分が3年目の頃を思い返して、向き合っています。
     また、必ず「美容師として」と、「人として」の2つの視点を分けて話をする様にしています。それは、「美容師として」は、成長して欲しいと思っているので、どうしても厳しく指摘する事もあります。しかし、「人として」みればその人本来の良さを見る様にして、ましてや人格まで否定する必要性はありません。分けて話す事で、美容師として求める厳しめの指摘も、言われた本人は人格まで否定されたと受け取らずに、きちんと話が聴けるようです。そうやって、美容師としての側面だけでなく、人としての色々な個性を認めて受け入れてきたからこそ、色々なお客様が各々の美容師を支持してくださり、ここまで広がってきたのだろう思います。

     自分は昔から、(そんな事でガッカリするんだ)とか、(そんなちっちゃな事で怒るんだ)と、落込んだり、怒っている最中の自分を、少し離れた所にいる「もう一人の自分」が、常に俯瞰しているような感覚があります。だからなのか、絶対失敗したくないとか、失敗したらどうしようという様な事もあまり考えません。そもそも、失敗しないで全部うまくいく事はない、と思っているので、上手くいけばラッキー、失敗したら、次はどうするか?と考えればいいので、そこまで悩んだり落込んだりしません。
     
     以前、落ち込んでいるスタッフに「自分が絶対に正しい、と思いこみすぎているから落込むんじゃないの?」と話した事があります。僕はそもそも自分が絶対に正しいと思っていないからです。そんな自分の考えも交えながら、コミュニケーションをとっています。
  • Q.4.村瀬さんが、これからやりたい事はどんなことでしょうか?
    A.村瀬様:自分は今、58歳なので、60歳~65歳ぐらいまでには事業継承をしようと思って人を育てています。基盤を整えたら引き継いでもらいたいと思っています。それまでに、色々な失敗もして経験を積んでもらいたいと思っているので、何でも任せるというのが僕のやり方の特徴かもしれませんね。ただ、社長を引退しても、何らかの形で美容師は続けていくつもりです。それは年をとってもオシャレに生きている先駆者で在り続けたいからです。
     
     最後もやっぱり体育と図工で終わっていきたいなと思っています。体育は、今は実際にやるのはゴルフだけですが、スポーツ観戦も好きですし、勝ち負け、いや、僕、凄く負けず嫌いなんですよ。(笑)図工は、本当の理想を言えば、画家・デザインで終わりたいですね。

     また、新しい事、例えばピアノを習うとか、海外旅行で違う文化や見た事の無いものに触れたいですね。不自由な事に触れる、と言う事も大好きです。海外旅行先で、言葉が通じないとか道が判らないとか、それは完璧に準備された事ではなく、どうなるか判らない事っていうのが最高に楽しいのです。
     そんな風に何を選んでも楽しんで、いつも自分に正直でいたいと思っています。
     

One Viewpoint
 幼い頃から自分をもう一人の自分が俯瞰していて、自分との対話を続けてきた村瀬さんには、全く力みが感じられません。一つの考え方に捕らわれることなく、自由自在に考えや想いの中を行き来している様に感じられました。「いい美容師を育てる」というご自身の軸にブレがなく、スタッフの方々に様々な経験をしてもらうために任せきる、という姿勢には人を信じきる胆力を感じると同時に、この店で、村瀬さんの下で自己研鑽を積みたいと人が集まる理由を強く感じられる時間でした。

2024/4/13